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劉 如意(りゅう にょい)

劉 如意(りゅう にょい或いはりゅう じょい、? - 紀元前195年)は、前漢初期の諸侯王(代王~趙王)で、高祖・劉邦の庶子(第三子)。生母は戚氏。趙の隠王。生年に関しては、前207年の説がある。

生涯 [編集]
劉邦がまだ沛公時代に項梁に従軍して定陶で、現地出身の戚氏と出会った。劉邦は彼女の美貌を見染めて自分の側室にしたという。生母の戚氏が父・劉邦の寵愛を一身に受け、如意は庶子ながら父・劉邦に似ており、活発な性格の少年であったという。彼は有力な皇太子候補として、異母兄の劉盈(後の恵帝)とその地位を争うこととなる。しかし、呂雉と重臣達の反対により、劉盈は従来通り皇太子の座を保った。前198年、如意は代王に封建され、後に趙王に転封される。その際に暗殺を恐れた劉邦により、自身を過去に叱りつけたことがある符璽御史の周昌(劉邦に忠誠を尽くし項羽に殺された周苛のいとこ)を信用し趙の宰相に据えた。

父の没後、彼と生母は呂雉に皇太子争いのことで恨みを買った。呂雉は幾度となく如意を入朝させ暗殺しようとしたが、周昌の努力により入朝は敵わなかった。前195年冬になり、呂雉は周昌を長安に呼び寄せている間に如意を長安に入朝させた。異母兄・恵帝(劉盈)は母の呂雉が弟の如意の暗殺をすると予想し、如意が長安に入朝した際には自らの側に置いて殺されないように警備した。だが、ある日恵帝が狩りで離れた隙に呂雉が劉如意を毒殺した。それを知った恵帝は嗚咽してひどく悲しんだという。また、生母の戚氏も、間もなく宮中に捕らえられ、「人豚」と称して嬲り殺しにされた。また、趙の宰相の周昌は劉如意死後参内しなくなった。

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2009年04月13日 13:50に投稿されたエントリーのページです。

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